« 核兵器禁止条約締結交渉会議「政府の参加求める意見書」に他会派が反対 | トップページ | 2月愛知県議会当初予算に反対討論 »

2017年3月25日 (土)

ハンセン病問題シンポジウム  隔離・差別の事実伝える

 3月20日、ハンセン病のシンポジウムが名古屋市内でおこなわれ、50人が参加、私も娘と一緒に参加しました。

 ハンセン病元患者の人権回復や国家賠償訴訟を支援してきた人たちでつくる実行委員会が主催、愛知民報が協賛しました。

 隔離政策の体験語る

 元患者の国立駿河療養所入所者自治会長の小鹿美佐雄さん(愛知県あま市出身)が、小学3年生の時に、“伝染病患者輸送”の貨物列車に乗せられて収容されてから60余年に及ぶ生活についてお話しされました。

 「入所者の扱いはひどく憲法が届いていない状態だった。医師も看護師も不足し、軽症患者が重症患者の看護をしていた」「今も医師や介護士は不足。国は最後の一人まで世話をするというが、具体的ではない」と怒りの声をあげました。

 戦争と一体の民族浄化

 全国すべてのハンセン病療養所を訪問した元衆議院議員のせこゆきこさんは、国家賠償を求める裁判支援について「国を断罪した熊本地裁判決は国際的にも広がった。個人の尊厳を規定した日本国憲法があったからこそ勝ち取ったもの」と強調しました。

 会場からは、弁護士、障がい者、医師、平和活動家らが発言。ハンセン病強制隔離政策を通じて人権・平和・憲法の大切さを考えました。

 愛知県 “無らい県”運動の発祥  強制隔離政策の先頭に

 2015年のハンセン病の新規患者は全国1名のみ。17年1月15日現在の県出身の療養所入所者数は59人ですが、ほとんどが治療している元患者です。

 県資料によると、県内のハンセン病(らい病)患者は1897(明治30)年1019人。40年後の1939(昭和14)年には360人に減っています。しかし、戦争で増加に転じ、47(同22)年は484人に。戦争による生活と衛生環境の悪化が新患者の多数発生の要因になりました。
 県は、ハンセン病患者が熊本県に次いで全国2番目に多いのは「肩身が狭い」として47年から、患者を摘発し療養所に収容する無らい県運動を本格的に展開します。

 53年末の県出身の療養所入所者数は全国12か園に422人。主な療養所は、長島愛生園(岡山県)185人、駿河療養所(静岡県)98人、多摩全生園(東京都)59人、栗生楽泉園(群馬県)50人でした。

私は、シンポジウムを受けて、無らい県運動の先頭に立った県の健康福祉委員会担当の議員として、ハンセン病元患者さんの願いを学び議会でも取り上げたいと決意をあらたにしました。療養所にも訪問をしたいと思います。

5253

 

 

« 核兵器禁止条約締結交渉会議「政府の参加求める意見書」に他会派が反対 | トップページ | 2月愛知県議会当初予算に反対討論 »