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2016年8月25日 (木)

新婦人西支部「夏休み平和教室」子どもたちに何より伝えたい平和を

 新婦人西支部では、毎年、「夏休み平和教室」を行なっています。

 「戦争のない平和な世界をつくりましょう」と、主に学童保育所の子どもたちと一緒に開いています。

今年は23日に庄内学童で、25日は大野木学童で開催されました。

私は、本日の大野木学童へお伺いして、平和教室の企画に一緒に参加しました。

苛酷な戦争体験をされた今年81歳の橋本さんのお話は圧巻で、小学1年生~6年生までの子どもたちも真剣なまなざしでじっと聞いていました。

橋本さんのお話

 橋本さんは、両親や祖母、兄弟の家族8人で満州へ。
 国策により40万人もの日本人が満州に渡りました。当時20町歩(ドーム50~60個分ぐらい)の土地をもらえるといわれたが、冬はマイナス35度~40度にもなる酷寒の地で、中国から奪った土地で農作物を栽培。

 父親は途中で徴兵され、残ったのは女性と老人と子どもだけ。

 やがて戦況が厳しくなり、学校にもいけず農業の手伝いをしていましたが、敗戦色濃くなり、8月15日を迎えた。

 チチハル(当時の町)まで200里(800キロぐらいか?)15日間歩いて収容所に入った。  そこは、詰め込みの不衛生な場所で、食料もなく、病気が蔓延し、結局両親と祖母、兄弟も亡くなり、自分ひとりが生き残った。

両親は1946年7月7日、1時間おきに相次いで亡くなった。涙も枯れ、亡骸の耳や目、鼻から蛆虫が出るのをただ手でとることしかできなかった無念さを話されました。

 その後、日本へ引き上げ、当時小学校4年生の自分がたった一人から生活しなければならなかった。

 忘れることのできない戦争体験です。
 心がずたずたに切り裂かれ、人間として正常な生活ができなかった。戦争のない平和な日本を切望していると、子どもたちに話されました。

 そして、50歳頃から20年間里親として10人の子どもを育てて、社会貢献もしてきた。

 世の中、助け合って生きていくことが本当に必要で、大切なことは戦争のない世界をつくることと何度も力を込めて話されていたのが印象的でした。

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平和教室では、そのほか、「シロとたけし」というDVDを鑑賞

「シロとたけし」の話は・・・・・。
 戦時中、輸送の荷車引きや防寒用の毛皮確保のため犬の供出が強制されたときの話。
 たけし少年一家は愛犬シロの供出に抵抗してさまざまな知恵をこらすがついに逃げられなくなったとき、シロは猛然と兵隊に立ち向かい、こん棒で殴り殺されてしまう。
 全国で10万頭といわれる悲劇の実話です。

平和の歌声、平和の詩をみんなで歌ったり、読み上げました。

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