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2016年6月 7日 (火)

愛知県立名古屋特別支援学校・県青い鳥医療療育センターを視察

 6月3日、日本共産党県議団は、県立名古屋特別支援学校と県青い鳥医療療育センターを視察しました。

 最初に、県立名古屋特別支援学校を訪問し、校長や教頭先生らからお話し伺い、学校施設の案内もしていただきました。

 この学校は、肢体不自由児のための特別支援学校で、学校の施設・設備や教材教具が、身体に障害のある児童生徒に適するように工夫されています。

 小学校、中学校、高等学校の教育課程の他に、「自立活動」とよぶ身体機能の回復や増進を図るとともに、障害による学習上又は生活上の困難を改善・克服する姿勢を育てています。

 他にも、学校に通学することが困難な児童生徒を対象に、週3回家庭で訪問教育が行われています。

 児童生徒数は、小学部92人、中学部50人、高等部62人と合計204人です。この中には重複学級の児童生徒さんも含まれています。

 教職員は校長、教頭、教諭、教員、介護員、非常勤講師・看護師・訓練師や学校医、学校薬剤師など合計で175人おられます。前に伺った知的障害児が通う特別支援学校では、教職員がいちどう同じ部屋におられて、さぞかし職員会議が大変だろうなと思いましたが、この学校では、小・中・高と分かれていました。

 児童・生徒さんたちは、それぞれに障害の違いがあり、学習活動や体を動かす活動など、先生方が熱心に一人ひとりにあった教育に取り組んでおられました。子どもさんたちは、ニコニコと笑顔で手を振ってくれたりと応えてくれました。車いすや補装具も一人一人に合ったものが使われており、子どもさんたちが、楽しく学びやすい環境をつくるために先生方も一生懸命だったことに感動しました。

 なお、私が「知的障害児の特別支援学校は、マンモス化で特別教室が普通教室に転用されていたが、ここはどうですか?」とお聞きしたら、「特別教室を転用することはないが、本来なら普通教室を2つに分けた方がよいと思っても1つで行っている。車いすなどが場所をとるので・・・」と言われました。

 さらに子どもさんの登下校を支える、スクールバスは、3コースありますが、一番遠い子どもさんは1時間半ぐらいかかるとお聞きし、やはり大変だなと感じました。

 冷暖房については、「体温調節がむずかしい子どもたちもいるので完備しています」と言われたので、安心しました。また名古屋特別支援学校は、毎年「卒業生の成人のお祝い」が行われており、私も来賓として参加させていただいており、子ども達が成長していく様子をとてもうれしく思っているところです。

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 次に、すぐお隣の県青い鳥医療療育センターも視察しました。

 このセンターは、愛知県から指定管理者の指定を受け、愛知県済生会が運営する県立民営の施設で、児童福祉法および障害者総合支援法にもとづく、定員170名の障害児(者)の入所施設であるとともに、医療法に基づく病院でもあります。

 また、障害児(者)を対象とした外来診療やリハビリテーション、短期入所、各種の相談支援事業等を通して、地域で暮らす障がいのある方々との医療と療育、暮らしをサポートをするなど、多面的な活動をしています。

 1階のリハビリテーション部門では、運動機能の改善を目的とした運動療法や物理療法を行っています。作業療法室では、遊びを通して運動や機能の発達、認知の発達を促しています。言語聴覚療法では、コミュニケーションの支援、構音指導、聴覚検査等が行われています。

 丁度、名古屋特別支援学校で会った子どもさんが、学校から青い鳥へ帰ってきて、私たちの顔を見て、喜びながら元気に車いすで駆け寄ってきてくれうれしかったです。

 いずれの部門でも、理学療法士や作業療法士の、熱心に子どもたちには優しく愛情をこめて取り組まれている姿に心打たれました。

 通園部門(医療型児童発達支援センター)では、概ね2歳から就学全までの運動機能に障害があり、保護者とともに通園できる幼児の医療・保育・相談援助など総合的な観点から発達援助とご家族の方への支援が行われています。重度の障害を抱えた子どもさんと、親がいっしょに発達援助を受けることができるということは、親にとってもとても心強いのではないかと思います。

 その他、入所部門(医療型障害児入所施設・療養介護・短期入所)のひまわり棟やたんぽぽ棟、なのはな棟、さくらんぼ棟も案内していただきました。いずれの施設も介護士や看護師、理学療法士さんが、かいがいしく子どもたちに寄り添いながら、生活指導や機能訓練に取り組まれていました。

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 この2つの施設は、東海豪雨のときは、大変な被害に合い、施設の壁の色が水が浸かったところと、そうでないところの色が変わっていて、当時の生々しさを思い出しました。当時、私は、お見舞いに伺い、被害状況を視察し、要望などお聞きして行政に豪雨対策や復興対策を求めてきました。

 

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